先月10月28日に柏崎市で約半年ぶりにフルマラソンを走ってきました。
思い返せばジョグの途中でアキレス腱を痛めて走れなくなったのが今年の4月28日でしたので、柏崎マラソンの日は怪我をしてからちょうど6か月目にあたる日でした。
この6か月のことを振り返ると怪我をしてからしばらくは走れないことが本当につらくてストレスの溜まる毎日でしたが、では何が一番つらかったのか考えてみると「走れないこと」そのものよりも「いつまでこの走れない状態が続くのかまったくわからないこと」がとにかくしんどいと感じていました。先の見えない不安が走れないつらさを増幅させてものすごいストレスでした。
もっと昔に立ち返り、数年前に足底筋膜炎や貧血で走れなくなったときのことを思い出してみると、やはりいつまでこの走れない状態が続くのかわからないことやどのくらいで以前のように走れるようになるのかわからないことが一番の不安の種でした。
ということであれば、今回アキレス腱周囲炎を患ってから再びフルマラソンを走れるようになるまでの経過を書き残しておくことは、同じ怪我に悩む人たちにはささやかながらも役立つ情報足りうるのではないかと考えるに至りました。そんなわけで怪我をしてからフルマラソンを走れるようになるまでの半年を記録として残しておこうと思います。
まとめ
長くなりそうなのでとりあえず結論をまとめておきます。
- アキレス腱周囲炎になってから半年後にフルマラソンを走れた
- 最初の1か月はまったく走れなかった
- 2か月経っても5kmも走れなかった
- 3か月経ったら10kmくらい走れるようになった
- 4か月経ったら10kmの大会に出られるようになった
- 5か月経ったら20kmの大会に出られるようになった
- 5か月の時点で30kmは走れなかった(リタイア)
- 6か月経ったらフルマラソンを完走できた
- 怪我には理由があるので日常生活を含めて見直す
- 練習が多過ぎる
- しっかり休めていない
- 走り方が変
- 体に問題がある(体が硬い、体の使い方が下手)
- 自分は↑こんな感じだったので全部見直した
- 怪我をしてしまったら回復に全力を傾けるのがベスト
- 走力が落ちるのが不安でしっかり治らないうちから中途半端に走るのは最低 of 最低
- 怪我をしたまま走っても練習にならない
- 練習ができない以上は走力は絶対落ちる
- 現状維持にすらならない
- 1日でも早く治して練習を再開することが再起への一番の近道
- 治るまでは走ることと距離を取るほうがいい
- 自分は読書とゲームに注力した(没頭できなかったけど)
- twitterやブログを見る頻度を減らした
- 走力が落ちるのが不安でしっかり治らないうちから中途半端に走るのは最低 of 最低
- 走力は思っていたほど落ちない
- 1か月、2か月まともに走れなかったけど思っていたほど走力は落ちなかった
- 脚力は落ちたけど心肺はそうでもなかった
- もともとハーフを走っていたくらいのペースであれば5kmくらいならすぐ走れるようになった
- だから安心して休んだほうがいい
- 1か月、2か月まともに走れなかったけど思っていたほど走力は落ちなかった
4/28(怪我をした日)
翌日は郡山市でハーフを走る予定だったのでお昼前に軽くジョグをしに出掛けました。
脚がとにかく重くてペースは5'30~6'30/kmくらいでのんびりと走り出しました。最初はとくに違和感もなく、ただ疲れているんだろうなくらいの気持ちで走っていたのですが、10kmくらい走ったところで右のふくらはぎに具体的な痛みにつながりそうな違和感が登場しました。自宅までまだ4kmくらいあったので走り続けるかどうか迷ったのですが、軽くストレッチをして走り出してしまいました。このあたりは5'00/kmくらいまでペースが上がっていたのですが、違和感が出たらペースを落とし、違和感が無くなったらペースを上げるという感じでひたすら走り続けました。
そしてたどり着いた12km地点の直前。
この時点では違和感はそこまで大きくなかったので周囲の人にぶつからないよう気を付けながらぼんやり走っていたのですが、接地した瞬間に突然右のふくらはぎからアキレス腱のあたりに強烈な痛みが走りました。もはや走るどころか歩くこともままならず、仕方ないのでその場で少し立ち止まり足の状況を確認しました。外傷はまったくないものの、鋭利な刃物で切り付けられたような鋭い痛みが絶えず湧き出ていました。
妻に迎えに来てもらおうかとも思ったのですが、最短距離をとおれば1.5kmくらいで自宅だったのでがんばって歩いて帰宅。めちゃくちゃつらかったです。
帰宅後すぐに整形外科へ行けばよかったのですが、痛みに怯え、どうしたらいいのか途方に暮れているうちに診察時間は終わってしまいました。土曜日なので午後の診療はないため、病院で診てもらえるのは早くても翌々日(月曜日)の朝ということになりました。
歩けないほどの痛みだったのでひとまず以前処方してもらって余っていたロキソニンテープを貼って痛みをごまかすことにしてあとは放置。しばらくはまともに走れないだろうと思うと気がめいって何も手につきませんでした。
4/29~5/28(1ヶ月目)
怪我をした翌日(4/29)は郡山市で10kmを走る予定でしたが、朝起きた時点でも歩くのもままならないくらい痛かったので出走はあきらめました。
ただ、参加賞が欲しかったのと5年間出続けた大好きな大会に行かないことがあまりに悔しくてあきらめきれず、痛い脚を抱えて郡山まで行くことにしました。
郡山に行ってしまうと駐車場からシャトルバス乗り場まで歩いたり(1km以上離れてた)、会場のあちこちを見て回ったり知り合いに会いに行ったりとかなりの距離を歩いてしまいました。当然脚はめちゃくちゃ痛いのですが、ついつい無理をしてしまい、結局この日だけで11,000歩以上歩いてしまいました。帰宅したら脚の痛みはより増していました...。
そして大会翌日の月曜日(4/30)は仕事を休んで整形外科へ。
痛くなった経緯を伝えるとすぐにレントゲンを撮ってから診察へ。腱が切れたり骨に異常があったりということはなく、アキレス腱周囲炎だと診断されました。よくなるまで運動はせずに安静にしててくださいねとのことだったのでどのくらいでよくなりますかと聞いたのですが、人によるからなんともというそっけない答えでした。そりゃそうか。この日は軽くマッサージをしてもらって薬をもらって帰宅。
この日からしばらくは「土曜日は整形外科に行ってマッサージをしてもらう」→「自宅ではストレッチをする」というのが主な対処となりました。もちろん一番大事なのは走らず負荷をかけないことでしたので、走ることは極力控えました。
ただ、今年に入ってからは10km/ハーフ/60kmの自己ベストを更新していてずっと調子がよかったこともあってなかなか走ることを諦めることができず、週に1度くらいは走りに行ってしまっていました。もちろんアキレス腱の痛みがあるのですぐに走れなくなって2kmも走れずに帰る羽目になるのですが、頭ではダメだとわかっていても気持ちがそれを認められなくて何度も繰り返してしまいました。自分としては少しでも走力が落ちないようにと走っていたのですが、結果として怪我からの回復を邪魔するような行為でしかありませんでした。
さらにタイミング悪いことに、5月の下旬にはリレーマラソンに申し込んでいて、自分が取りまとめの役を担っていました。
怪我をしていて走れないからお願いしますと誰かに丸投げしてしまえばよかったのですが、変な意地を張ってしまい自分でやった挙句、大会当日も周回2kmのコースを2周も走ってしまいました。しかも5'00/kmという普通のペースで走ってしまい、せっかくよくなりかけてたのに状況は悪化しました。アホだ...。
そんなこんなであっという間に怪我から一か月が経ちましたが当初の予定では一か月もすればよくなるだろうと思っていたものの期待していたほど回復もせず、一度に走る距離はジョグペースで2,3kmくらいがせいぜいというところまでしか回復しませんでした。
整形外科には週一で通っていて、当初は理学療法士の人にも見てもらっていて日常的にやるべきストレッチとか体の使い方でうまくない部分を教えてもらったのですが、通い始めて3回目くらいで「もうよくね?」みたいな感じで放り出されてしまいました。そこまで状況が悪くないということなのかな?と思ったのですが、似たような怪我をした人に聞くと痛みがなくなるまでとか走れるようになるまで見てもらったという人が多かったです。
- 1か月目のまとめ
- 走行距離は18km
- 一度に走れる距離は2km以内が限界
- アキレス腱が痛くて走れないが70%で怖くて走れないが30%
- 怪我をしたらなるべくすぐ病院(整形外科)へ行くべき
- 怪我をしたら無理せず少しでもおとなしくして回復に努めるべき
- 無理に動けば動くだけ怪我は悪化するしその分長引く
- 怪我の直後の対応は超大事。絶対無理しちゃダメ。
5/29~6/28(2ヶ月目)
5月も終わり、6月になっても状況は変わりません。少し良くなると走りに行って元に戻るみたいなことを繰り返していました。
6月はいくつか大会にエントリーしていたものの、5kmと走れない状態でしたのですべて不参加となりました。潮来の4時間耐久も浅川10kmも好きな大会なので出れなくて悲しみでいっぱいでした。。唯一、6月3日に五霞町で柴又100kのボランティアだけは行きました。立っているだけでもクラクラしそうなくらいめちゃくちゃ暑い中をみんな元気に走っているのがほんとうにほんとうにうらやましくて、自分も早く良くなって走りたいなあと思いながら給水業務をこなしていました(笑)
怪我から2か月近く経って気持ちは逸るものの、どう頑張っても5kmくらいしか走れなくて焦りと無力感でどうしようもない感じでした。ストレッチと筋トレは毎日続けていましたが、日に日にふくらはぎがやせ細っていくのが耐えがたかったことはよく覚えています。振り返ってみるとこの時期が一番つらかったような気がします。
- 2か月目のまとめ
- 走行距離は14km
- 日常生活にはほぼ影響のない程度のは回復した
- でも一度に走れる距離は5kmが限界
- しかも一度5km走ると数日は走れない
- 2か月もまともに走れないと走ることから心が離れそうになる
6/29~7/28(3ヶ月目)
6月末から7月になってもすぐには状況は変わりませんでした。毎年楽しみにしていた東和ロードレースも棄権せざるを得なかったのですが、思うように走れないこんな状況が4月から続いていたために正直かなり疲れていて、いっそ走るのは止めようかなと思い始めた時期でもありました。
そんな折に知人が健脚祈願をしてくれたということで写真を送ってくれました。
いままでこんなふうにしてもらったことはなかったのでとてもありがたかったし、これをきっかけにもう少し頑張ってみようかなと思うようになりました。そして気持ちが前向きになったことが影響しているのか、この日をきっかけに少しずつ長い距離を走れるようになりました。
さて。7月は結構遠くに行く機会が多かったので、これ幸いとばかりに遠征してマラニックを何度か決行しました。
例えば妻が那須のロングライドの大会に出るのに付き合ったついでに那須町から白河市まで走ったり、郡山まで家族を車で送って行ったついでに郡山から本宮まで走ったり、あとは矢板市に自転車のロードレースを見に行くという妻を送って行ったついでに矢板市から那須塩原市まで走ったり、しらかわ郷里マラソンのコースを走りに行ったりとほぼ毎週のように遠くへ走りに行く機会がありました。
# 那須-白河
# 郡山-本宮
# しらかわ郷里マラソンのコース
そういえば、ひさしぶりにサンフランシスコに出張の予定が入ったので初めて海外で走ったのも7月でした。
怪我でまともに走れない時期が長かったというのもありますが、こんなふうに普段走らない場所で走るのは本当に楽しかったです。もともと暑い中を走るのが大好きだということもあって、日焼けしながらあちこちを走り回った楽しい一か月でした。
ただ、連日走るのはまだ無理というか脚の負担が大きくて難しく、練習らしい練習があまりできないのがもどかしく感じました。
- 3か月目のまとめ
- 走行距離は150km
- 一度に走れる距離は20kmを超えた
- ただしジョグペース
- 普段の練習ではぜんぜん走れない
- 遠くに行ってマラニックみたいな感じで楽しく走るとそこそこ走れた
- 脚の違和感は日によって違う感じ
- いいときは普通に走れるけど、痛いときは怪我をした直後と変わらず走れない
7/29~8/28(4ヶ月目)
8月に入ると夏休みもあり、福島や秋田で走ることができました。福島は阿武隈川沿いのコースがとにかく走りやすくて最高に楽しかったし、秋田では実家近くで気になっていた場所があったのでそこを走ってきました。
# 阿武隈サイクリングロード
# 実家近くの農道
そして秋田ではここ数年恒例となっている湯沢七夕マラソンに出て10kmを走ってきました。
3か月ぶりのマラソン大会はほんとうに楽しくて最高でした。
大会もそこそこのペースで走れたしもう十分復調したかな?と思いきや、不定期にアキレス腱の痛みが顔をのぞかせました。
正直走れないほどの痛みではなかったのですが、無理をしてまた走れなくなったら...と思うと怖くて積極的に休養をとるようにしました。8月は毎年楽しみにしていた藤原湖マラソンもあったのですが、当日の朝の時点でアキレス腱の違和感が無視できないくらいあったためこちらも棄権しました。
そんなわけで思うように回復しきれない部分もあったものの、週に40km~50kmくらいは走れるくらいに回復したおかげで少しずつ日常にランニングが戻ってきました。
- 4か月目のまとめ
- 走行距離は200km
- 一度に走れる距離は15kmくらい
- ペースは5'30/kmくらい
- 10kmなら5'00/kmで走れる
- ただし2日連続で走るとちょっと危険な感じ
- 3か月ぶりに大会で走れた
- 4'20/kmくらいで10km走れたのでめちゃくちゃ満足
- 楽しみにしていた水上は棄権
- 脚の違和感が大きくてアップダウンの厳しいコースを走るのは怖かった
- フラットなコースなら大丈夫でもアップダウンがあるとアキレス腱に負担がかかって怖くて無理
8/29~9/28(5ヶ月目)
9月は上旬に白河市で10kmのロードレースを完走し、その翌週には田沢湖で20kmのロードレースを完走しました。
# しらかわ郷里マラソン
田沢湖マラソンはアップダウンの厳しいコースでしたのでここをそこそこのタイムで完走できたことで、「もう完全に復調したのでは?」と調子に乗りかけたのですがここで2つの課題が出てきました。
# 結果
# 高低差図
最初の課題は体調不良です。
田沢湖マラソンの前日から急に胃の調子が悪くなり、そこからずっと体調を崩したままずるずると引きずってしまいました。病院に行っても原因は分からず、対処療法として胃薬を飲む毎日です。田沢湖マラソン以降、脚の調子はかなりよくなったのですが胃の調子が悪いせいで長い距離を走れなくなり、速いペースでも走れなくなりました。
そして日常生活でもやたら疲れやすくなりました。走った後なんてもうひどいものでもしかして貧血?と不安になるほどでした*1。
そして2つ目の課題は長い距離への不安が再燃したことです。
田沢湖マラソンの翌週に茨城30Kという大会で30km走に挑戦したのですが、20kmでリタイア。脚が痛いというよりも腰が痛くて走るのがつらくなりました。何となく最初の課題である体調不良が関係している気がしたのですが、とりあえず因果関係は不明のためこの時点では30kmも走れないという事実だけが残りました。
- 5か月目のまとめ
- 走行距離は210km
- 一度に走れる距離は20kmちょっと
- ペースは5'00/kmくらいなら無理なく大丈夫
- どんなにがんばっても4'30/kmより速くるなるとつらい
- 30kmに挑戦したけど無理だった(20kmでリタイア)
- 9月の中旬から体調を崩す
- とにかく胃のむかむかがひどい
- 走った後の疲れもひどい
- 内科や胃腸科に通い続ける
- ここらへんから脚の違和感がほとんど気にならなくなった
- 体調が悪過ぎて脚の調子にまで気が回らなくなった?
- もしくは体調不良で速く走れなくなったので脚の負担が減った?
9/29~10/28(6ヶ月目)
9月末に走った茨城30Kを完走できなかったことで、「10月末の柏崎マラソンは完走できないんじゃ...」という不安がわいてきました。
その不安を払しょくするために10月になってから30km走を敢行しました。
最初は白河に遠征してしらかわ郷里マラソンの10kmコースを3周して30km走をしようとしました。
結果はというと失敗、というかスタートが遅すぎたので途中で暗くなってしまい最後まで走り切れませんでした。
それでも28kmは走れたのでもういいかなと思ったりもしたのですが、やはり30km以上は走っておきたいということでその6日後に再度30km走をしました。今度は自宅から小山駅まで走っていくというコースをチョイス。
とりあえずこれで30km走はできたぞということで柏崎マラソンに向けて、30km以上の距離を踏めてないという不安はなくなりました。
ただ、9月中旬から続く体調不良はなかなか改善の兆しを見せず、いろんな病院に通ってはよくわからんと適当に薬を処方されて帰されるということを繰り返していました。体調不良の影響なのかスピードがみるみる落ちてしまい、8月に比べても10kmのタイムは3分以上落ち込んでいました。8月に比べたら10月なんて涼しくて走りやすいはずなんですけどね...。
と、不安は両手に抱えるほどありましたが10月28日に柏崎マラソンでフルマラソンを走ってきました。
脚のほうはもう本当に一切の不安がなく、走り終えても痛みを感じることはありませんでした。タイムは散々でしたが、こんなに完走できたことがうれしいフルマラソンも珍しいんじゃないかというくらいめちゃくちゃ喜んじゃいました。軽く走るだけで痛くて5kmと走れなかった時期から数えて3か月くらいしか経っていないのに、こんなふうにフルマラソンを完走できたことが最高にうれしかったです。
最後に
いままで、足底筋膜炎や貧血など走れなくなるような怪我は何度かしてきましたが、それと比べても今回のアキレス腱周囲炎はとにかく回復まで長引いたしまったく走れなくなったこともあってすごくきついと感じました。正直、怪我をした瞬間はそのあまりの痛みにもう二度と走れないんじゃないかとさえ思いました。
でもわずか半年でまたフルマラソンを走れるところまで回復できました。こうやって怪我を過去のこととして振り返ることができるところまで復活できたことがただただ嬉しいです。同じ轍を踏まないよう、同じ怪我をしないように気を付けてランニングを楽しもうと思います。
*1:実際に検査したところ貧血ではありませんでした