今日の午前中に、運営に失敗してひどいことになったマラソン大会について調べていました。
最近だと急に参加者を増やしてしまったためにスタートに間に合わない人続出で大きな問題になった昨年の旧河口湖マラソン(詳しくはこちら)が記憶に新しいのですが、調べてみるとわりと惨憺たる結果となった大会は少なくないようでして「マラソンブームに便乗していっちょ町興しとしてマラソン大会でもやろうか」と画策したものの参加人数に比して企画・運営スキルが追いつかず悲惨な末路をたどることになったようです。
いろいろな大会を走ってみると分かるのですが、マラソン大会をスムーズに運営するためにはかなりの慣れやHOWTOが必要です。
それがないままに「参加人数は多い方がいいだろう==参加者が多い方が参加費も集まるし観光にも結び付きそう」などと欲張ると、まったく運営が行き届かずに参加者に比例した巨大な怒りをかうことになります。
わたし自身はあまり運営に不満をもったことがないので、おそらく運がよかったのだろうと思うのですが、あらためて大会に関する口コミを読んでみるとマラソン大会の運営に関する文句があまりに多いことがわかります。
上述のとおり、たいへんひどい大会があるのは知っています。
「給水がコーラしかなかった」「10kmコースだと思っていたら8.5kmにゴールがあった」「前日受付しようとしたら受付に行くために入場料を請求された」*1といった笑えるものから、「フルマラソンで給水が無かった」といった冗談では済まされないものまで明らかに失敗としか言いようのない大会もあります。
ただ、わたし自身が参加した多くの大会がそうであるように、多くの大会はちゃんと走る場所を確保してくれるし完走するサポートもしてくれています。ボランティアの人たちのすべてが完璧だとは言いませんが、それでも自分たちが走るために支えてくれていると感じます。
だから大して練習もせずにのぞんでいるだけでなく、運営が行き届いていないとか文句ばかり書いている人を見るとすごいイライラするんですよね。運営のダメだったところをネチネチと指摘するよりも、もっと練習して本気で走れよと言いたいです。本気で走っていないからそういう細かな部分が気になるんですよ、ほんとに。
たまに走っていることがさも偉いことのように思っている人や、自分はお金を払っている客だから上の立場だと思っている人がいますが、走ること自体は別に褒められるようなことではないと思っています。もし褒めるべきことがあるとすれば、それは走り続けて自らを研鑽し続けることだと思います。
大会に出て走ることは何も特別なことではないんです。
お金さえ払えば誰でも出られるのが市民マラソンの大きな魅力です。
市民マラソン大会の出場資格について - 酒タバコ肥満撲滅委員会
だからこそ、「市民マラソンは参加することには大きな意義はない」と思うのです。
ゴール目指して努力することが尊いのであって、スタートラインに立つ勇気が褒められるのは最初の一回だけだと思うのです。
初参加の時は、全く努力をせずに参加しても責められないでしょう。
むしろ、そうした人にも門戸を広げるのが市民マラソンの意義の一つでもあると思います。
しかし、二回目からは別だと思います。
わたしもさほど速いわけではないし、すごく練習しているというほど走り込んでいるわけではないので偉そうには言えませんが、大会に出る以上はちゃんと練習してのぞむべきだと思います。参加することに意義があると言えるのは最初の数回の参加だけで、あとは自らが走った成果を出す場所にすべきだと考えていますし、だからこそ運営を含めたそこに関わる人たちへの感謝は忘れてはいけないと思います。